September 12, 2006
亀蔵日誌
亀蔵は、漆黒の闇に踏み出した。目を瞑っても何歩進めば何処に辿り着くか覚えていた。まず、自分を振り落とした あの桜の樹に訊ねたかった。 足袋を履いた足元は実に静かに、虫の音を途絶えさこともしない。 左手を壁に這わせながら一歩一歩進んでいく。目標まで約15メートルほどか。 体中の神経を集中させ闇を睨んだつもりだが、蜘蛛の巣の真ん中に顔を突っ込んでしまった。亀蔵は、蜘蛛が大嫌いであった。
わしの顔に何をする とばかりに闇雲に両手を振り回したが、なにせ腰は本調子ではない。 バランスをくずした足は、不用意になって、思い切り落とした先に金属の冷たいものを感じた。が、時すでに遅し。
ちづるがしまい忘れた鍬が、刃先を地面から斜め30度程にあげて立てかけてあったのだ。
鍬の柄は、亀蔵の左側頭部を強(シタタ)かに打ち付けた。 目から出た火花で、辺りが見えるかと思うほど激しい痛みを感じた。鍬の存在を知らない亀蔵は、もうパニックである。声にならない声を必死に堪えながら、桜に向かって走った。
亀蔵落ち着け、トラップはまだまだあるぞ。
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