July 04, 2006

(大病を乗り越えて)亀蔵日誌

 その日ちづるは、仕事の打ち合わせをする竹屋の婆と、亀蔵のくぐもった声で目を覚ました。
 北海道の夏というのに雨続きで鬱陶しかった昨今を払拭する、青空に白雲が美しい眩しすぎる朝だった。
 二人の会話を聞くともなしに、日曜の開放感にまどろみながらもだんだんと覚醒していったのだが。
 やがて、亀蔵の道具を使う音、切られた枝のばっさりと地面に落ちる音、さらには信じられないことに彼の歌さえも聞こえてきたのだった。
 ぱっちんぱっちん 顔を打つ ばっちんばっちん 血がにじむ わしのお顔が腫れていく
 低いこもった発声ながら、なんとも楽しそうに妙な節回しをつけてのリピートは、永遠に続くような気がして、完全に目覚めてしまった。
 もう10時だわ。ちづるは額の汗に張り付いた髪をかきあげながら、シャワーを浴びに階下に下りた。
 シャボンを泡立てて、身体を軽くこすりながら右ひざの傷跡に目が行った。去年晩秋に、アブに刺された傷跡。ウイルス感染してイボ状になったものを液体窒素で焼きとった傷跡だった。時すでに6月。取れたイボのまわりは軽く日焼けしていた。その痕跡は生まれたての桜色の皮膚。
 かめさん、あなた間違っている。そんなふうにしたら大変なことになるわよ。ちづるは、慌ててシャボンを洗い落とし風呂場を出た。