July 17, 2006

亀蔵日誌 ちづるの事件簿のつづき

 昼前に目が覚めた。居間に下りる。良く眠ったとばかりに大きく伸びをしながら庭をみると、ミニトマトが3つ真っ赤に色づいていた。 他の青い実を落とさぬようにそっと摘む。 さっと洗って取りたてを味わいながら、今朝の電話を思い出していた。
 あれから、あの夫婦はどうしているんだろう。 真夏のじりじりした太陽は、厚い雲に覆われ空気は蒸していた。一雨来る。すると一雨より先に、先程の同じ番号から携帯電話が鳴った。
 「阿部の家内です。先程は取り乱して申し訳ありませんでした。」 先の声は、ずいぶん落ち着いていた。いいえ、大丈夫ですよ、と答えながら、どう言ったら相手は興奮しないかと言葉を選ぼうとしたのだが、他所の奥方からこのような苦情が来ることは稀なので本当に困ってしまった。
 「実は、以前にもこんな事がありまして、又かと思ったらついつい主人を問い詰めてしまいました。」 なんと、自宅に女を連れ込み情事の最中に出くわしてしまった、ずいぶん気の毒な過去があったそうだ。
 お気の毒にと答えながら『英雄 色を好む』とは良く言ったもんだと思った。 実際、彼は良く働き稼ぎ非常に精力的な男だから。
 彼女の傍で、愛らしい子供の声がする。
 ちづるは、阿部家の幸せを心から願った。夕立が辺り全てを打ち付けた。

亀蔵日誌 ちづるの事件簿

 深い海に眠れる感じ。心地よく、時間、空気、寝具、周りのもの全てが、疲労困憊した身体を そっと 守るように まったりと 纏わり付く。
 携帯電話着信音6番は、その最も深い眠りを無残に切り裂いた。  8時41分。 ちづるにはまだ十分に深夜帯である。
 液晶画面には、阿部慎太郎様 とある。 一昨夜、執拗な誘いを断った店の客であった。 寝起きの擦れた声で、もしもし、どうしましたか?と言った。
 彼は、直に本題に入った。「ママ、昨日俺はちゃんと一人でホテルに帰って寝たよね。ママは、泊まりになんか来ていないよね。」 あれほど執拗に誘った彼の作戦は失敗に終わっていたので、かえって彼の声は実際強きだった。 「ちゃんと妻に話してくれないか。」
 向こうの声が、女性に変わった。若くて張りのある聡明そうな声が響く。 「主人を問い詰めました。何もないと言うので、それなら そのひと に電話しなさいと言いました。」 ひとしきり それまでの経緯を話してとりあえず気が済んだのか、彼女は「朝早くすみませんでした。」と受話器を置いた音がした。

 ちづるは、なにがなんだか解らぬままに、考えるも面倒で また深い眠りに落ちていった。