March 05, 2007

亀蔵日誌

 亀蔵は、猛る風の音に目覚めた。明日は、第5回目の手術の日である。
 彼は、何かあるごとに新しい下着を身に付け、いつでも死に際は綺麗でありたいと願っていた。 それは、自分の血に脈々と受け継がれる武士の魂だと思っていた。
 皮膚の表面のこととはいえ、激痛の20分である。並大抵の人間なら、1回は耐えられても、2度3度は麻酔をせねば耐えられぬ。
 手首の輪ゴムを引っ張って、ぱっちんと弾き、あん と小さく叫んだ ちづるを思い出す。 その蚯蚓(ミミズ)腫れを見つめながら、亀蔵さんって強いのねと言った、その言葉を思い出す。
 明日、手術を受けたら、まだ血の乾かないうちに会いに行こうか。それとも、3、4日後に瘡蓋(カサブタ)の取れかけに会いに行こうか。 いやいや、まだまだ。逸(ハヤ)る気持ちを抑えながら、例の部屋を整頓し始めた。
 死ぬるほどの思いで受ける何100発のレーザー光線。 彼は、身支度を整え、定位置の三角木馬に跨って、ドラックストアで一番高かった日焼け止めクリームを右の顔に塗りこんだ。
 丁寧に、丁寧に、しかし右側にだけ。
 亀蔵の口から昭和の歌謡曲のハミングが漏れてきた。