September 21, 2006

亀蔵日誌

 なにせ狭い庭、あっという間に桜の根方にいた。幹を撫でさすると感覚でそれだとわかる。
 桜よ、戻ってきたぞ。お前に落とされた亀蔵じゃ。桜は落とした覚えはない。有頂天になった、亀蔵が勝手に木漏れ日に目をくらませて落ちただけなのだが。
 彼は語りかけた。覚えているか。わしは、あれから病院の寝台の上で来る日も来る日も『日焼け止めクリーム』を塗りつけた。3回目の手術はもうすぐぞ。腰がもうすこしましになったら白昼どうどうと、姐さんに見せに来る。長年張り付いていたこいつはレーザー光線に屈服するんじゃ。以前の半分の黒さだ。バッチンバッチンの拷問もあと3度も耐えると、生まれたての皮膚が甦るんじゃ。
 実際、レーザー手術を2度受けて、右の頬は大分色が落ちてきている。あの痛さを思い出すと彼はなぜか恍惚とした表情を見せる。痣の深いところに届くように打ち付けるレーザー光線は、太い生ゴムを思い切り引っ張って、それも何十発も連続に打ち付ける感じだそうだ。
 もちろん、麻酔術もある。苦痛にゆがみ、恐ろしい唸り声を上げる男を見て医者とて手元が狂ってしまうではないか。暗闇の中、愛おしそうに桜をかかえ、独白した亀蔵の耳に一番鶏の声が聞こえた。桜よ、さらばじゃ。