August 21, 2006
亀蔵日誌 忍
亀蔵の妻 忍はただならぬ気配を感じて目を覚ました。時はまだ、午前2時半を過ぎたところだ。月の無い闇は深く、蛍光の時計の文字盤だけが光っていた。窓際のカーテンを開けてみると、あるべきところに静香がない。窓を開け身を乗り出し覗きみると、ちょうど向こうの角をウインカーを点滅させて曲がって行く車が見えた。運転席のシルエットは、裏の病院で眠っているはずの亭主のものだった。
おのれ、亀蔵! 忍は素早く黒装束に着替えた。おとなしくしていれば、一月もたたぬうち退院だ。こんな夜中に抜け出してまた怪我でもすれば、こっちだってたまったものではない。
忍は普段、亀蔵と一緒に着物の染み抜きの仕事をしていた。時勢柄、めっきり注文は減ったといえども、二人でこなしていた仕事を自分だけですると案外大変なものである。かねてから計画していた井戸端会議の友との旅行にも行けぬし、亀蔵の庭仕事やらなにやらの副収入も入らぬ。
亭主の行きそうな場所は解っているつもりだった。真っ黒ないでたちの忍は迅速に物置にしまって置いたオートバイ、ハヤブサにまたがり亀蔵の後を追った。
伊賀の亀蔵、女房はくのいち。 したたかな女である。
August 14, 2006
亀蔵日誌
草木も眠る丑三つ時。亀蔵は、病院のベッドに そおーっと腰掛けてみた。折れた腰骨もどうにかくっついて最近はリハビリに精を出している。 毎日うだるような暑さが続いていたので、やっと吹き込んだ冷たい夜風が彼を生き返らせた。そうだ、外を歩いてみよう。寝巻きを脱ぎ捨ていつもの夜半の外出用の黒装束に着替えた。なんでそこまでするのか亀蔵。 彼はやはり気になっていた。 向かった先は 竹屋の家。明け方の回診までには戻ろうと思い、まずすぐ病院の裏にある自宅の庭先に止めた車に乗り込んだ。愛車はプリウス。ハイブリットでサイレントなそれに彼は静香と名づけていた。静香はじつに静かに発進した。
まだ、腰は本物ではないが調子が良い。30分ほどして、到着した。近くの川沿いの小道に静香を停め、腰を気遣いながら竹屋の玄関先に立った。コオロギが鳴いている。懐かしい匂いだ。虫以外は全ての生き物が眠っていた。
明け方前。その30分で庭を確認しよう。向かって左には自分の仕掛けた竹のトラップがある。まだ暗いから右から入ろう。竹屋の家の周りは全て知っていた。
しかし、ここからが彼の悪夢の始まりだったのだ。続く